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【１人目】　間宮順子（仮名・大学生・２１歳）

順子をナンパしたのはいつもの渋谷でのことだった。順子はセンター街を〝即のオーラ〟を発して歩いていた。

　ナンパも数を重ねれば、即系物件を見抜くことが出来るようになる。こればかりは経験がモノをいうことだから、言葉では説明できない。

しいて言うなら〝歩くスピード〟になるだろう。ドコに行くでもなくフラフラと歩いている子や、キャッチセールスなどの声かけにいちいち立ち止まる子。そういった子が狙い目となる。

買物や仕事へと向かう人たちのスピードに比べると、彼女たちのスピードはワンテンポもツーテンポも遅い。順子も人の流れを滞らせるように、フラフラとセンター街を歩いていた。

「ねぇ、何してんの？　買物？」

　順子の横に並びながら俺が話しかけると、嫌がるワケでもなく、かと言って乗り気なワケでもない様子で、順子は立ち止まった。

遠目には大人っぽく見えた順子だが、近づいてみると、まだ顔には幼さが残っていた。ていねいに化粧を施した顔に、派手な赤い口紅だけが妙に際立っていた。

【2人目】　坂下美樹（仮名・貿易会社勧誘・３０歳）

「僕の彼女をナンパしてくれませんか？」

　そう言って岩田は、鞄から彼女の写真を取り出した。旅行先で撮られた写真なのだろうか、二人が微笑む後ろには、東京では見られない田舎町の光景が広がっている。啓介も身を乗り出して、その写真を興味深げに眺めていた。

「可愛いですね」

　お世辞じゃない。俺は素直に思ったことを言った。岩田は３９歳、彼女の美樹は３０歳。写真に写し出された二人の曇りない笑顔には、何の問題も隠されていないような気がした。

「俺は何を確認すればいいんですか？」

「彼女とは本気で結婚を考えているんです。だけど彼女の本心が、僕には分らない」

「本心？」

「えぇ。定期的に会ってはいるんですけど、五年もつき合えば、セックスすることも少なくなってきました。昔のように何かに二人で盛り上がることもなくなり、こんな状態では結婚を切り出せない」

「だからナンパして彼女の本心を聞き出してくれと？」

「他人だからこそ、心を開くこともある。彼女が僕をどう思ってるのかが知りたい」

　この男。テレビの見過ぎかと思った。何故なら同じ依頼、同じ目的のバラエティ番組が当時放送されていたからだ。

「前に知り合いのホストに頼んだのですが、失敗しちゃいまして…。そこでＴ君からサンジさんの話を聞いて…、是非お願い出来ないかと」

「ま、俺でよければ」

「本当ですか、ありがとうございます。実は僕がこうしたお願いをするのには、もう一つの理由があって…僕は経験させてあげたいんですよ、自分以外の男性を知って受ける刺激を。彼女、つき合った男が僕で二人目なんです。『まだ他にいい男がいるかも』なんて思われたまま、結婚するなんて嫌でしょ」

　俺は岩田のもう一つの理由の意味が分るような気がした。俺もたくさんの女の子と出会い、それでも忘れられない女がいる。その答えをナンパで確かめようとしているのだから。

【3人目】　中山美里（仮名・タレント・２０歳）

　思うようにいかない仕事の愚痴をこぼす美里の横で、俺はただ美里の口から出た「アイドル」という言葉にトキめいていた。

「グラビアの仕事のときにさぁ…」

「テレビで○○と一緒になったんだけださぁ…」

　ディティールの細かい話に、美里がアイドルだということがよくわかる。俺自身も知らない世界の話だったから、興味深く美里の話を聞いていた。美里もその様子に御機嫌な様子だった。しかし俺の一言にそれまで御機嫌だった美里の様子が変わる。

「どうしてアイドルになったの？」

「うん…、お姉ちゃんには勉強では勝てないし」

「美里は美里でいいじゃん」

「うん、私は芸能界で頑張るから…」

　比べられることが嫌だったくせに、比べられる仕事を選択する美里。やはりいつも姉と見比べられて育ったコンプレックスがそこにあるのだろうか。

それとも姉とは違ったベクトルで、美里は親に認めてもらいたかったのだろうか。

ギャル系のファッションはあるがままの私を愛して欲しいという美里の声だったのだろうか。俺の問いかけに対して、美里は全く答えていないような気がした。

「家に面白いビデオあるんだ。来る？」

「うん！」

　居酒屋から馬鹿話をしながら俺の自宅に着いたのは、夜の１１時頃だった。夏の夜風を受け、美里の顔もスッキリとしている。胸の中にしまってあった過去を全部俺にぶちまけたことで、何かが発散できたのかもしれない。

【4人目】　水谷茜（仮名・専門学校生・１９歳）

「乾杯！」

　テーブルにビールジョッキが並べられ、Ｈ君の一声でコンパが始まった。初めは緊張していたのか、大人しい様子だった茜も、「手小さいね。ほら、俺って指長くない？」と俺が手を取り、自然なスキンシップを図ると、「本当だぁ」と照れ笑いを浮かべ、緊張も解けてきた様子だった。

「私ね、街でタッキー見たんだよ」

　場の雰囲気に慣れて来たのか、茜が唐突に自慢話を始める。週刊誌であるような〝アイドルの○○と女優の××が熱愛 !?〟なんて真実味のないウワサ話を茜は一生懸命に話し出した。

話題の中心に自分がいることが嬉しい様子だった。ただ俺は話す内容の幼さに、彼女が本当に１９歳なのか、また頭の中で疑っていたりもしていた。

「いつも幾つくらいに見られる？」

「うーん、１４歳とか中学生と間違えられる。私はもっと大人に見られたいんだけどね」

　ファッションは、そんな大人に見られたい茜の思いが込められているのだろうか。だけど俺は幼さの残る顔とファッションのズレに違和感を覚えていた。

コンパと言っても、男は二人ともナンパ師だ。場を盛り上げながらも、一つの席に巧みに境界線が引かれていく。それぞれがそれぞれの話題で盛り上がる。〝引き離し〟の準備は既に出来上がっていた。

【5人目】　滝沢直子（仮名・某有名会社社長令嬢・２２歳）

　直子がオートロックのドアを開け、俺も続いて中に入る。ホテルのロビーのようなエントランスを抜けてエレベーターに乗り込むと、直子の部屋のある１３階まで一気に上っていった。

　ガチャンと重い金属音が響き、俺は直子に続いて部屋に入る。彼女が進むと共に足下のライトが点灯し、部屋の全貌が明らかになってくる。

興奮した俺は直子を追いこし、一番奥の部屋にある大きな窓から外を見下ろした。眼下には渋谷の街が小さく光を放っていた。

「ひ、広くない？　どこが狭いんだよ！」

「引越す度に家を購入するから、いろんなところに家があるのよね」

「は？　他にも家あるの？」

「渋谷に２件、新宿に１件、京都に１件、あとは海外に…」

「くれ！　マジでくれ！」

「ふふふ、あげることはできないけど、ココは私が住んでる間なら自由に使っていいよ」

「えっ、マジで！」

「あっ…、でも来週フランスに戻らないとイケないのよね」

「フランス？　戻る？」

「向こうのお菓子の学校に留学しているの」

「そうなんだ」

「一緒に行く？　向こうにもマンションあるし」

「へ？」

　まるで映画館へ誘うようなノリで、直子はフランスへ行こうと話を持ちかける。俺はワケがわからなまま、ただ「連れてってよ」なんて、適当に答えていた。

　直子はいったい何者なのだろうか…。

　俺はグルグルと直子のウチを歩き回り、大きな本棚のある部屋に立ち止まった。どんな本を読んでいるかで、その人の人柄も分るものだ。

そこでさっそく直子がどんな本を読んでいるのか、本棚を覗いてみたのだが…。なにこれ？〝社長さん本〟ばっかりじゃん…。俺が本棚から適当に一冊抜き出すと、後ろから直子が声をかけてきた。

「それ、パパの本よ」

「これ、パパさん？」

　俺は取り出した本の表紙に誇らしげな表情で写る男を指して言った。資本金、約７００億。社員数、約５０００名。ここに社名は書けないが、直子はそんな大会社の取締役会長の娘だった。